2021年度 京都市立芸術大学 作品展 / 21-21 KCUA Annual Exhibition KYOTO CITY UNIVERSITY OF ARTS ANNUAL EXHIBITION 2021

学生インタビュー

太田 奈央 Nao Ota 保存修復専攻

1.卒業論文のテーマについて

まず簡単な自己紹介と、研究内容について教えてください。

大学院保存修復専攻1回生の太田奈央と申します。研究内容としては現在京都国立博物館に展示されている、もともと東寺(教王護国寺)さんにあった《十二天像》の中の《水天》を取り上げて、「想定復元模写」に取り組んでいます。

「想定復元模写」とはなんでしょうか?

現在の絵画から、本来の色や形を想定したり、剥落した部分は同時代の仏画を参考にして、こういう色や模様だったんじゃないかっていう検討をしたりして、自分なりの仮説を立てて復元していくのが、想定復元ですね。ただ最初から想定復元に取りかかるのではなくて、その前に現状を知るための現状模写をして「ここにはこういう模様あったんや」とか「ここにこういう剥落があって、ここにも同じ剥落がある」とか、一見してわからないものを見ていきます。

現在取り組まれているのが現状模写で、これを踏まえた上で最終的に想定復元模写に取りかかるということなんですね。

2.保存修復専攻に至るまで

太田さんが保存修復を志したきっかけはなんですか?また、京芸の保存修復に進まれる前は何をされていたのでしょうか?

中学生の時にテレビで修復師の特集を観たのがすごく心に残って、かっこいいなと思ったのが保存修復に惹かれた最初のきっかけです。私は学部生の時は地元の富山の大学で日本画を制作していたんですが、たまたま大学の先輩が京芸の保存修復にいらっしゃったので、京芸の大学院に進むことを決めました。

なるほど、富山の大学では日本画を制作されていたということですが、それは今の専攻の学びと結びつくところはありますか?

仏画を取り上げ始めてから、自分の中で線描のウェイトがすごく変わってきました。元々学部の時は線描より面で塗っていて、それが自分には合ってると思ってたのですが、模写の作業で鉄線描(肥痩がない一定の太さの線)の魅力に気づいたので、それを自分の中に落とし込んでいければいいなと思っています。

3.保存修復専攻の魅力

肉眼で見てやっとわかるくらいの細い線もあるのですが、これはどういう筆で描かれているのですか?

今はここに描かれているものは全部この筆で描いてます。面相筆の小さいのなんですけど、ここの一番細い「命毛」っていう毛で描いてます。

ここの冠とか、どうやって描かれているんですか…?

最初の段階で「上げ写し」をします。原寸の図を敷いて、上に棒で巻きつけた薄い和紙を上げ下げしながら残像でチマチマ描いていく作業です。だんだん目が痛くなります(笑)

この紙は実際の傷んだ絹に色や質感を近づけているんでしょうか。

和紙はクルミから煮出した染料で紙を染めてます。本作品は絹本なので、硬い毛の刷毛で縦横に線を引いて絹目を表現することで、自分なりに当時のものに近づけました。ただ、私の今の進め方としては、現状をそのまま再現するのではありません。例えばここは今はすごく濃い緑色だけど、でも元はおそらくこんな色じゃなくて、もう少し薄い色だったんだろうなっていうものは色を採用しないこともあります。そのまま写すだけではなく、最終の目的は想定復元なので、そこに必要な情報を載せてるって感じですね。

今年の作品展では何を展示されるのでしょうか?

今年の作品展では現状の模写を出す予定で、来年の修了展では想定復元を出す予定です。

2年がかりのプロジェクトなんですね…!

正直2年では全然足りなくて、かなり焦っています…

他の保存修復の方々も同じ過程なんでしょうか?

みなさんそれぞれゴールが違います。私はたまたま想定復元をゴールとしていますが、現状模写をゴールとされている方ももちろんいらっしゃいます。進め方はそれぞれですね。どちらもそれぞれ違う大変さがあって、例えば現状模写の方は剥落一つ書くだけでもすごく大変なんですよ。もし自分で科学的な調査ができれば、使ってる色材とかがわかるので、そしたら写せるって感じなんです。けれども想定復元はまず取りかかるまでの作業がすごく長くて、文献調べて、いくつか引用して考察して、自分の想定の草案を作ってから取り組み始めます。

太田さんにとっての保存修復専攻の魅力を教えていただきたいです。

小さい研究室なので、他の人が何をしているか見えるのが大きいですね。他の人がやっている研究のお手伝いをすることも多くて、絵の調査をするときにみんなで1日がかりで調査したり、実践が多いのは魅力だと思います。あと特色としては、週に一回修復実習というのをやるんですけど、外部の非常勤のとても有名な修理技術者の方から直接裏打ちの技術だとか、実際に持ち込まれた作品の修理を学べるのはすごく大きいなと思っています。

制作されていて、楽しいこと、大変なことはなんですか?

私は結構チマチマ進めるのが好きなので、上げ写しのときにここにこんな模様あったんや!とか発見をしたときすごく楽しいですね。それが楽しいのでどんどん進むんですけど、でも終わらない…(笑)

模写をしていて、当時の絵師に近づけたと感じることはありますか?

近づけたと思う瞬間は、私はまだ一回もないです。ただただ昔の人凄い!って感動してます。

絵師はこれをどれくらいで描きあげたんですかね…?

おそらく数日だと思います。この作品は空海が持ってきたとされる元々の作品があったんですが、平安時代にはもうボロボロになっていて、それを描き直せって上皇に言われて、一回提出したんです。けど、それが却下されて描き直したっていう経緯があるので、だいぶ締め切りに追われて12幅を描いたと思いますね。やっぱりちょっとずつずれてる線とかがあって、それをみると「あぁ人間が描いたんだな」って思う(笑)

なるほど。仏画は神聖なものってイメージが強くあるのですが、昔の人も私たちと同じく納期に追われて制作されていたんですね。少し親しみを感じます。

私も最初は崇め奉るものという印象しかなかったのですが、描いた人の息遣い、描いた背景、紆余曲折を知っていくと、一気に身近になりました。

当時の時代背景などを併せて研究することで、絵師の思いに触れながら模写することができるのは、保存修復ならではだと感じました。本日はありがとうございました!




インタビュアー:山田歩実
カメラマン:駒井志帆


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