2021年度 京都市立芸術大学 作品展 / 21-21 KCUA Annual Exhibition KYOTO CITY UNIVERSITY OF ARTS ANNUAL EXHIBITION 2021

学生インタビュー

林 若菜 Wakana Hayashi 染織専攻

1.自己紹介と制作について

初めに自己紹介と林さんの制作テーマについて教えてください。

染織専攻、テキスタイルゼミの林です。よろしくお願いします。
私は自分の心の中にある強い記憶、特に夏のプールや海といった水に関わるノスタルジックな記憶を作品にしています。最近今までの制作を思い返すと、2回生の前期にシルクスクリーンで浴衣を作る課題では海辺でバーベキューした記憶をテキスタイルパターンに起こしたり、後期の作品展では錦鯉のドレスを作ったり、無意識のうちにずっと夏や水辺に関わるモチーフを扱ってきましたね。

過去の記憶や感情を作品にされているんですね。

そうですね。例えばこれは小学校の時なんですけど、私はとにかく水の中にいるのが大好きな子供で、プールから出たくなくて、プールに住んでる人魚になれたら楽しいなとか妄想してた時期があって、その時の感覚を絵にしたものです。こんな感じで、描きたい記憶を引っ張り出して絵に起こすときは、結構言葉も大事にしているのでまず先に文章に起こしてみます。写真など形に残っていないものをいきなりバッと絵にするのは難しいので、自分の中でこんな温度だったな、手触りだったなって脈絡もない詩みたいなものを書いてから、それはこんな色かな、形かなっていうのを集めて絵にしているという感じです。

林さんの作品は線描や色遣いも面白いなと思います。

線は自分の手癖で書いたような、ちょっと緊張感がある軽やかなものが好きなんですが、配色は緩急があるポップな感じが好きで、その自分の中でも説明しきれないギャップの対比が面白いなと思ってて。パッと見た感じはかわいらしい色味なんだけど、その意匠に至るまでに生々しいグロテスクな心象風景とかシリアスな記憶がもとにあったりするので、そのギャップの勢いで見る人をハッとさせたいです。

2.展示について

今年の10月に展示『午前7時12分』展をされていましたが、そのときはどんな作品を出されていたのでしょうか?

展示では、ここ5年ほどの中で自分の中で時間が過ぎるのが寂しいとか捨てがたいと思うような思い出の写真をベースにした小作品を12、13個壁に掛けて展示しました。

この展示をした時にすごく嬉しかったことがあって。私の作品を観て、「これはリビングに置きたい」「これはキッチンに置きたい」と言ってくれる人がいて、それが私にとっては自分の作品があるべき姿としてすごく理想的だったんですよ。
そもそも私が染織専攻に入ったきっかけが、高校生の時にテキスタイルデザイナーの方に聞いた、「人間が生まれて一番最初に包まれるものは布で、死ぬ最後まで一番身体の近くにある。テキスタイルは紙より鉄より、何より人間の生活の近くにある素材である」というお話でした。人の生活に、ひいては人の心に距離が近い作品が作りたいという根底が、工芸科に入ってテキスタイルを支持体に選んでいる理由なのかなと思います。卒制は京セラ美術館に展示するつもりで、大きい美術館の白い壁に超綺麗に展示されることにはすごくワクワクしてますが、いつか自分の作品がだれかの家とか職場とか日常の一部になったら嬉しいですね。

3 卒制について

卒制ではどんな作品を展示する予定ですか?

卒制では1m×1mの作品を4枚出す予定です。10月の展示でも過去の風景をモチーフにしているのですが、卒制では自分の中で残っている記憶だけを頼りに絵を作っています。以前の展示で過去の写真をもとに作品を作った時に感じたんですが、カメラで撮った写真には正確さはあるけど、感動や勢いは少ないなと思って。例えば山や海などの大自然を目の前にして、感動した時に思わず撮った写真なんかを見返した時、撮った時もっと迫力があったのになーと思ったり。人間の眼はカメラのレンズと違って視界の中心にある物ほどパースが強くかかるので、写真よりも実際に見た方が力強く感じるそうです。そういう生物学的な理由とはまた別に、人は心で感じて印象に残っているものをより強く記憶しますし、その偏りこそ面白いと思うので卒制ではそれを洗い出して絵作りすることを意識しています。

卒制はどのようなプロセスで作られているんでしょうか?

これは染めとステッチを併用して、基本的に面で扱いたいところは捺染で、線はパンチニードルを用いています。私は作品の形を洗練させすぎないように気をつけているのですが、例えば型染などといったような工芸のクラシックな技法って量産のための効率を重視した由来で生まれているので、勢いのある有機的な形を持たせるのが難しいなと思っていました。そういうわけで、私はこういう一回だけ布に強く粘着するフィルムを使います。タックフィルムといって、従来の型染みたいにしっかり図柄を決めてなくてもフィルムの上に線を自由に描いて、好きな線を拾ってカッターで切れば、染める直前に形が決められて、それがすごく直感的でいいなと思います。

なるほど。一回きりではあるけれど、従来の型染めより自由で手軽な感じがしますね。この作品はこれからステッチをいれるのだと思うのですが、線はどのように作られているのでしょうか?

これはヘシャンクロスっていう布に毛糸を通したパンチニードルを刺して、手書き感のあるステッチを作ってます。線を集めたらモケモケしてちょっとラグっぽく暖かい印象もできます。これはやってて気持ちいいので、ストレス解消に無心でやってみるのもオススメです(笑) 下書きから本番に行く時、どうしてもちゃんとした形を描かなきゃって無意識的に思うことで、有機的な線が少なくなってしまう気がして。このやり方は自分の表したい印象にすごく合っているなと思いますね。

確かに気持ちいい(笑) 染めの画面に毛糸の立体的なステッチが入ることでより面白い作品になりそう! やはり林さんの作品は配色が目を引くのですが、色選びのポイントはありますか?

そうですね、使っている染料はリアック染料っていうものなんですけど、絵の具だと紙の上に蓄積するイメージですが、染料の場合は布自体に色が定着するって感じで、1枚の繊維が抱えきれる染料の量が決まってるから、考えなしに染料を混ぜても綺麗に色が出なかったりするんですよ。それが染料と顔料の1番の違いですね。だから、この染料はどんな濃度でどれくらい発色するのかとか、重ねた時どんな色になるのかとか、布自体の素材との相性はどうかとか、たくさん実験しています。

あと、作品を作るときは、あまり色が持つ印象に引っ張られないようにしたいと思っているので、最初に考えるときはモノクロか1色縛りで考えますね。この作品はプールに水着を着た自分が浮かんでいるっていうシーンで、プールっていうと一般的には青系をイメージすると思うんですけど、この絵では黄色くなっていますね。「汚染された海で水遊びをする人」に見える人が居るかもしれないし、「お酢の瓶の中で泳ぐ小人」に見える人も居るかもしれません。見る人それぞれの頭の中でどんな作品になるのか楽しみです。

色や形が定型化したイメージに縛られていないから、鑑賞者も想像を膨らませやすい気がします。

私はこれを見て「あぁこれはリンゴだね、空だね、海だね」だとかはっきり正解を出して欲しいわけではなくて、鑑賞者が自由に想像できる余白をできるだけ残したいと思っています。例えば精密に「リンゴ」を描いたら、それを見てトマトだと言う人はほぼいないでしょうが、単純な「赤い丸」ならリンゴにもトマトにも太陽にも…人によって様々な物に見えると思いますし、人それぞれ特定のイメージや感情と繋がっていると思います。どんなモチーフが・色が・形が見る人の心に引っかかるか分からないし、私が想定していなかった解釈や世界を聞かせてもらえることがとても新鮮で楽しいです。私が具象的より抽象的な表現に惹かれるのはそこなんだと思います。作品って自分のエゴ100%のものだと思ってたけど、自分の色使いや形が、誰かの心の琴線に触れられて、少し切ないけど楽しい記憶を呼び起こすことができたらすごく嬉しいですね。

最後に林さんの計らいで捺染を体験させていただきました。簡単に形が作れて色も鮮やかで、私が知っていた染織の前提が覆りました…
自分の表現にどんどん技法を近づけていく林さんの姿勢がとても素敵だと思いました。本日はありがとうございました!




インタビュアー:山田歩実
カメラマン:駒井志帆


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